学校問題

教育社会学1で考えたこと

教育の枠組みを作るのは議員。決まりを作る。力がでかい。ただし、議員になった段階で何がどうなろうと他人事だ。改革は進まない。

議員を、教師から輩出すればいい。教師集団から輩出すれば、その人の人間関係もあるし志が持続するのでは?

教師が決まりを作る。事前に自分の考えを示して共感者を募り、また知識人達、行動はしない人たちを煽って見方につけて、数が揃って主張が正しくて、民衆が同意すれば、決まりに反してたって関係ないだろう。おそらく。
まあ保身策はいつでも持っておかないとだめだが。勢いを得るまで名を出さないとか?
立ち回りは何をするにも大切だ。入念な計画。

とにかく文部省やら議員やらは対応遅いから期待しない。

政治家がアホでいられるのは市民がアホだから。政治家を賢くしようと思えば、市民が賢くならないといけないが、賢者が愚者を上回ることはあり得ない。

教育が、上からの命令で動く構造がよくない。摘発されたら、自分の正当性を生徒や同僚、ネットがあるから自分自身でも主張できるはず。民意に照らせ。

他人の良心だけでは心許ない。良心的な教師を見捨てることは良心を見捨てることぞとハッパをかえつつ、信頼できる身内を作っておかなければただの軽率になる。

そもそも、中央の何かが何もかもを規定しようという構造自体無理がある。管理職は必要最低限の規則だけ作ってればいい。



でも、世の中をよくしたいってのは単なるエゴなんだよな。悪を悪と決めるのもその人のエゴだ。不都合に対処する過程で、上の決まりが邪魔になるから、その時は無視すりゃええか。